ご挨拶

 この度、大阪府高等学校国語研究会の理事長に就任した酒井と申します。はじめに少し個人的な思い出話をいたします。かつて学恩ある岩橋昭先生が理事長をされていた時代に、副理事長の松原右樹先生に勧めていただき、若輩にも関わらず本研究会理事の末端に加えていただきました。すでに理事長を歴任された島﨑英夫先生や湯峯裕先生などの方々と時間を忘れて国語や文学、民俗学について熱く議論をしていた頃が懐かしく思い出されます。中でも、研修旅行で奄美に行った時には、大阪府高等学校国語研究会一行が来島という旨で当地の新聞記事になるほど歓待を受けて、島尾敏雄夫人のミホさんをはじめとする奄美の方々と交流した記憶が大自然の美しさとともに強く印象に残っています。加計呂麻島現地で島尾特攻隊長との命がけの恋について語るミホさんの話の迫力に固唾をのんで聴き入ったひと時など、鮮明に覚えております。

 さて、次に高等学校の国語科教育と本研究会の関わりについて述べたいと思います。これからの高等学校の国語科教育は激しく変化する社会としっかりと向き合っていく必要があります。授業を実践する国語科の教員には新しい時代社会における言語能力育成に挑戦する気構えが求められるでしょう。高等学校の指導要領も新しくなるので、国語科教育だけではなく、様々なところで同趣旨のことが言われていますが、その意味合いを正確に理解することが大切です。

 現代は情報化社会だと言われています。情報化社会というのは、根本的には「言葉」によって動きを作りだしていく社会です。また、昨年度のアセンブリー全体会講師の田中孝一先生のお話のなかでは、次の時代は「超スマート型社会」になるということが指摘されていました。それは「言葉」によって合理化や効率化がいっそう進む社会のことだと私は思います。「言葉」には物事の分節を明確化し、整理する力があるからです(もちろん、「言葉」には物事の豊かさを創造する力もあります)。いずれにせよ、「言葉」というものが要になります。教科教育において、その「言葉」に関する育成を行う中心的役割を担うのが国語科教育であることは言うまでもありません。特に大阪は人口が多く、高密度コミュニケーション状態の地域です。その実態に即する高等学校段階の国語科教育がどういうものかという課題についても考える必要があります。

 つまり、大阪の高等学校国語科教育には、自身の生き方やこの地域の特色と結びつけながら、変化する社会と「言葉」のあり方に対応していく力を、社会人になる間際の発達段階の生徒に育成するという使命があるのです。そのためには、まず「言葉」と社会の関係をしっかりと把握するメタ認知の力を国語科の教員が持っている必要があります。その力は教科書の教材研究だけをしていたのではなかなか身に付かないでしょう。「言葉」というものを時代社会のなかでダイナミックにとらえる見識が要ります。国語研究会は外部機関などと連携しつつ、そういう見識を国語科教員が互いに研鑽しながら養っていく組織だと私は思います。教材をとらえる視点自体がその見識によって広がり、豊かになるのです。

 一方、それと同時に教員自身が国語や文学に対する興味関心を深めることが大切だと考えます。竹田青嗣氏の用語で言えば、文学などに対して「ロマン」を抱いているということです。教員の憧憬の念が生徒の心に国語に対する同じ憧れの灯をともすのです。そういう点では、文学に関する現地研修、講演会等の意義は大きいと言えます。研究会でも引き続き、その方面での事業の充実を視野に入れていくことが必要でしょう。

 具体的な研究会のあり方としては、学校現場での省察的な視点をふまえた日々の授業実践を中心として、文部科学省、教育庁、教育センター、大学、教育関連企業などの諸機関や、詩人、小説家、俳優の方々などと連携することが考えられます。実際に、アセンブリーや講演会、土曜塾等では各方面の有識、芸術家の方に来ていただいていますし、今後も新しい試みが行われていくことでしょう。また、これまでの研究会の歴史の中で、国語教師としての知見を深めるための様々な現地研修、講演会なども行なってきています。それらがうまく機能すれば、大阪の高等学校の国語科教育が活性化していくはずです。その活性化はすなわち生徒の言語能力の育成充実を意味しています。活性化の鍵を握るのは言うまでもなく、各校の国語科の個々の先生方です。ですから、機会をみつけて、先生方には積極的に研究会の行事に参加していただきたいと思います。

 それでは、伝統ある大阪府高等学校国語研究会がこれからもその活性化の一翼を担っていくことができることを信じまして、私のあいさつの結びとさせていただきます。今後とも、大阪府高等学校国語研究会をよろしくお願いいたします。

大阪府高等学校国語研究会
理事長 酒井 保典